第5回 立ち上がり介助・移乗介助

立ち上がり動作や移乗動作を介助する際、大事なのは、利用者様が安全・安楽に動作できることもさることながら、介助者が安全・安楽に介助できることも重要。移乗中にぎっくり腰などを起こしてしまうと、利用者様が転倒・転落するという最悪の事態にもなりかねない。

ここでは、利用者様の安全性・安楽性も考慮しつつ、介助者が安全・安楽に行える介助方法を考えていく。

◎ 動作の仕方を理解する
まず歩行・立ち上がり・移乗の仕方は人の数ほどあって全て違っているということを理解しておく。介助者にとって大事なのは、その人にあった動作方法が指導でき、出来ないならその一部を介助して出来るようにしてあげること。
『出来ているけど心配だから介助する』は過剰介護であり、自立支援を目指した介助方法とは言えない。創業者の塩中教授がいう『持たない』『触らない』『目を離さない』の ” 3ない ” を実践していく。出来るだけ自分の力で動いてもらい、実践で日常生活動作を身に着けてもらう。

その点で、いわゆる『正常歩行』や『正常動作』を知っておくことは、自由に動く利用者様に「こうしたらもっと良くなりますよ」と声かけできる点で役に立つ。

介助者は良い動作方法をその人に指導できるよう、まず基本を知るようにする。

1.立ち上がり動作
立ち上がり動作は3相に分かれ、『準備相』『屈曲相』『伸展相』がある。

  1. つま先のほうに体重を乗せる
    いざり動作でお尻を前に出す、足を引く、体を前にかがめる、など
  2. お尻を浮かせる
    体をさらにかがめる、膝に力を入れる、など
  3. 立ち上がる
    膝を伸ばす、背すじを伸ばす、顔を上げる、など

『お尻を前にずらす』『足を引く』『体を前にかがめる』などの動作で身体を前にもっていたのちに、前足部に体重を乗せながら立ち上がるのが基本。立ち上がった後は立位保持するようにする。

2.着座動作

  1. 着座動作のための安全を確保する
    イスの前に立つ、立位保持する、肘置きに手を置く、手すりを持つ、など
  2. 軽くお辞儀をする
    ややつま先のほうに体重を乗せるようにしながら腰をかがめる
  3. ゆっくりと座る
    膝やお尻・背中の筋肉を使いながらゆっくりと座る

着座動作ではゆっくりと座ることが重要。ドスンと座ると腰を痛めてしまう原因になりかねない。

3.移乗動作

  1. 立ち上がる
    最初に移乗先の肘置き等を持つと次の移乗動作がスムーズになる
  2. 立位保持する
    同時に方向転換がスムーズになるよう手の位置を変える
  3. 方向転換する
  4. 立位保持する
    肘置きに手を置くなどして着座動作の安全を確保する
  5. 着座する

立ち上がり後と方向転換後に立位保持を行わないと、立ち上がった後にふらついたり、勢いあまって斜めに着座することがあり、転倒・転落の危険が増す。

◎ 移乗介助
移乗介助では、利用者様の安全もさることながら、介助者の安全も確保されるようにする。

軽介助での立ち上がり

自立に向けた立ち上がり介助は、物をつかんで引っ張るのではなく、手で押して立ち上がってもらうようにする。

その際、介助者は重心の移動を意識した誘導を行うようにする。立ち上がり動作の際の体重心は、少し前に出てから上に上がっている3)重心が少し前に行くと自然とお尻が浮き上がり、そのまま自家筋力で立ち上がれるようになる。これを誘導する。

引っ張り立ち
横からの介助

引っ張り立ちは物がないと立ち上がれなくなってしまう点で、自立に向けた立ち上がり動作とは言えない。

横について立ち上がり介助を行う場合は、自然とお尻が浮き上がるように、抱える腕のもっていき方を工夫する。
抱え上げないようにする。

中等度介助での移乗

まず利用者様の両足を足底接地させる。

次に介助者は、利用者様の背中を押して前方への重心移動を促し、体重が前足部に乗ったところで一緒にすっと立ち上がるようにする。

立ち上がった後は立位保持を行わせ、自分の力で立つことを促す。

腰を少しかがめるだけで腰への負担は1.5倍になる4)。腰をかがめるのは危険なので介助する際は、身体を前に倒すのではなく腰を落とすようにする。腰を足首の上に落とすようなイメージで行う。
ついで利用者様の背中を引き寄せてお尻を浮かし、そのまま一緒に立ち上がる。介助者の体幹や腰の位置は変えないようにする(変えると腰に負担がくる)。膝を上手に使って足首を支点とする回転モーメントを出すほうが介助者の腰への負担が少なく、実際の立ち上がり動作に近い。
前脚を回転軸とする方法と、後ろ脚を回転軸とする方法があるが、前脚を回転軸とするほうがスムーズ。軸足の重心を可能な限り足首の上に置くようにして骨性支持を効かせながら、反対の脚を動かして方向転換する。

全介助での移乗

車椅子からの移乗なら、移乗先に車椅子を近づけ、移乗経路が可能な限り短くなるようにする。さらにスカートガードが上げられるのなら上げ、フットレストが外せるのなら外す。

ズボンを持っての介助は良いとはいえないが、重量のある方を抱える際は安全性のほうを重視してズボンのすそを持つようにする。ただし「○○さん。ズボンを持たせてください」と事前に断りを入れる。

移乗は抱えるのではなく、横にずらすように行うのがコツ。

移乗介助の際は、移乗先に足を踏み込んで、介助者の体重心が支持基底面内のみを移動するように工夫する。
支持基底面内の動作は安定するので5)、腰への負担がかなり減る(重力の影響が少なくなるため)。利用者様との合成重心が支持基底面内を通るのがベストだが、調整が難しいので、利用者様の身体を引き寄せることで対応する。

全介助(ズボンなし)

トイレ介助や入浴介助で、ズボン等が使えない場合、介助者は可能な限り身体を利用者様に密着させて移乗動作や立位保持を行う。

重力加速度は9.8m/s2であり、これは1秒後には力のモーメントが約10倍になることを意味している(つり合いの取れなかった力の差分が1秒後に約10倍になる)。つまり移乗動作は1秒以内にすませないと大変なことになる。

利用者様を立位保持させなければならない場合は、体を後ろに少し倒して身体全体で利用者様を支えるようにする。その際、2人の合成重心が支持基底面の中央に来るようにまで、後ろ足を後ろに下げる。支持基底面の中央にある時は、両足にかかる体重が均等になる。これを感じるようにする。

また抱え上げる前は、後ろ足の足首の上に腰を下ろすようにする。そこが踵とつま先に体重が均等に乗る位置(厳密には土踏まずの縦アーチの頂点で均等になる)。これを感じるようにする。

◎ 運動療法
1.マシントレーニングへの適用

立ち座り練習

蹴り動作は立ち上がり動作の際の重要な要素。
両足蹴りを行うようにする。

ゆっくり立ち座り出来るようになるためにも、マシンはゆっくり押してゆっくり戻すようにしてもらう。

移乗動作練習

移乗動作には体幹回旋の要素が含まれるので鍛えるようにする。

介助者も、自分は腰を痛めやすいと思うなら、営業時間外にでもマシンで腰を鍛えるようにする

移乗動作には、体幹回旋の他に股関節の内外旋の要素も加わってくる。

椅子上で、お尻を前後にずらす動作(いざり動作)をする時にも、体幹回旋と股関節内外旋の動きがある。

2.レッドコードエクササイズへの適用

いざり動作

体幹回旋・殿筋・股関節内外旋の動きを鍛えるのにとても効果的な練習。立ち上がりの際の前方への重心移動をするための練習にもなるし、移乗動作のための筋トレにもなる。

繰り返し行うようにする。

移乗ステップ練習

移乗動作のための脚の振り出しを実践的な動作練習で強化する。図は主に股関節内転の動き出している。股関節外転の動きを出したい場合は、足を外に振るように指示する。

図のように、やわらかい台の上に乗ってこれを行うと負荷が上がる。

クロスステップ練習

股関節内外旋の動きを取り入れた練習。移乗動作時の柔軟な足の振り出しが強化できる。

股関節内外旋の動きをより出したい場合は、90°ターンして元に戻るといった動きをしてみる。

以上です。お疲れさまでした。
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《 参考文献 》
1) 市橋則明:運動療法学 第2版,文光堂,東京,2014
2) 池田誠著,細田多穂・柳澤健 編:理学療法ハンドブック 改訂第4版,第1巻 理学療法の基礎と評価,協同医書出版社,東京,2010
3) 江原義弘・山本澄子:ボディダイナミクス入門 立ち上がり動作の分析,医歯薬出版株式会社,東京,2009, pp59
4) 中村隆一・斎藤宏・長崎浩 著 : 基礎運動学 第6版, 医歯薬出版株式会社, 東京, 2003, pp279
5) 江原義弘・山本澄子:ボディダイナミクス入門 立ち上がり動作の分析,医歯薬出版株式会社,東京,2009, pp10-11

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